「どうしてモノが壊れるのに、ある一定以上の力がいるのか?どうしてその力の大きさは壊そうとするモノによって変わるのか?そもそも壊れるとはどういうことなのか?」といった根本的な疑問がありますが、これを説明するのは本当に長い話になります。具体的には本が書けます。
このページの著者が知っている一般書として、たとえば
「ものが壊れるわけ 壊れ方から世界をとらえる」 マーク・E・エバハート (著), 松浦 俊輔 (著) 河出書房新社
等が面白いかもしれません。
もっと詳しいことを専門的に学びたいという方は、材料強度学と呼ばれる領域の書籍を読まれることをお勧めします。
たいてい、結晶の転移、というところから話が始まると思いますので、そのあたりをご覧ください。あまり数式は出てこなかった(少なくともそのあたりの話は)と思います。レベル的には大学の理工系の学部生(二、三年生)くらいだと考えてください。
ここではイメージで説明してみます。
一般に固体あるいは固体状物質(ガラスなど)は原子や分子同士が結合して、形を作っています。
この固体あるいは固体状物質に粉砕するため力を与えると、その力は均一に物質全体、そして物質を構成している原子間の結合に作用する、というわけではありません。
物質を構成している原子や分子は、一部、規則正しく結合して”いない”ところがあります。この部分に、力が作用して破壊が進みます。それは規則正しく結合していないところは、他の部分よりも結合が弱いためです。
これをイメージしていただくために例えばジャングルジムを考えてみます。交差するポイントは等間隔で、交差角は(立体ですが)90度で一定です。もし、どこか一か所の交点の位置が少しずれていたとしたら、その部分は歪んで見えます。いかにもその部分が弱そうに見えないでしょうか?その他、交点がない(欠損)、あるブロックが丸ごと押しやられて断層のずれのようになっている(転位)などの欠陥があります。
この交点が原子や分子でできているのが結晶です。高校の授業ではおそらく原子の場合しか扱わないかもしれませんが、有機物であるポリマーや医薬品などは、分子がこのように整然と並んで結合したものを結晶と呼びます。どうやって結合しているの?という疑問があるかもしれませんが、専門用語で水素結合、ファンデルワールス力などと呼ばれる力で結びついています。詳しくは化学の本をご覧ください。なお有機物ではありませんが、水が固体の結晶、つまり氷になっているときは水分子同士が水素結合によって強く結びついています。
ちなみに、このようなイレギュラーな部分を「転位」と呼びますが、転位が生じている部分の結合力は非常に弱く、規則正しく結合している原子間や分子間に比べ、数百分の一以下の強さでしか結びついていません。
破壊=粉砕は、この弱い結合部分が切断され、その影響で周りの結合が歪み、その歪み部分は結合力が弱くなるので更にそこが切断され、というように進んでいく、と考えることができます。つまり亀裂が伝播するようにして進んでいき、最終的に破断されます。
ここまで読み進められた方の中には、金属を叩いて硬くするという方法を聞いたことがあるぞ、という方がいらっしゃるかもしれません。力が加わると転位部分にその力が集中して割れる、と書きましたが、逆ではないか?と思われるかもしれません。
まず叩くと転位ができます(原子が移動する)。転位は力を加えると移動しますが、転位同士は反発しようとする性質があります。叩き続けて転位が増えていくと、自由に動けていた転位は、予め発生していた他の転移に動きを阻まれ、互いに動けなくなります。さて、転位が動いて原子間距離が開かないと砕けない、と先ほど書きました。すなわち硬くなることになります。このように転位をわざと増やして硬くする方法は、日本刀の鍛造(叩くことで直接転位を生じさせているのではなく、炭素原子を金属原子間への侵入させて、ひずみ=転位を作り出します)等が知られています。
ところが、ご存じのように硬いものは脆くなる、という性質があります。こうして硬くなった物体に、もっと大きな力が加わると動けなかった転位も動かざるを得なくなり、あるところで原子間の結合が切れます。これが破壊の始まりになります。つまり硬くなる、というのはある大きさまでの力に対して、ということになります。
物質を構成している原子や分子の結合の中でも弱い部分(転位)は物質に、ある確率で存在します。つまり物質が大きければ、弱い部分もたくさんあることになります。このため大きい物質では力を作用させると亀裂が発生する点が多く、粉砕されやすいことになります。
しかし砕料が小さくなるほど、砕料を構成している原子や分子の数は減っていきます。さらに、弱い部分の存在確率は大きな物体の場合と変わりません。したがって、弱い部分の数が減っていきます。
ではどの程度減るのでしょうか?簡単のために厚さを持たない正方形の材料で考えてみます。非常に転位の少ない材料の場合、1cm四方に存在する転位数は106~108個程度とされています(文献によって一桁から二桁違うこともあります)。ではこの辺の長さを短くし、正方形が小さくなっていくと転位の数はどうなるのでしょうか?次のグラフの縦軸は正方形に存在する転位の数を表し、横軸は正方形の辺の長さを表しています。8本書かれている緑の縦棒は、転位数の上限と下限を示しています。また水色の水平の破線は転位数が1であるところを示しています。なお転位数が小数点以下の場合はその正方形に存在する確率を意味します。例えば1/100個は100個の正方形があるとそのどれか一個に転位が一か所ある、という意味になります。
なお、このグラフは縦横軸ともに対数表記ですので、大きな目盛が一つ分、左右あるいは上下に動くたびに数字は十倍変化します。(小さな目盛の間隔が普通の目盛に比べて変わっていることも見えると思います。これは対数の性質によります。なお対数についてはこちらで解説しています。)
グラフからわかりますように、一辺の長さが10分の1になるごとに転位数は二けたずつ減少する(面積は長さの二乗に比例します)、つまり粒子径が少し小さくなるだけで弱い部分の数が急激に減少する=急激に壊れにくくなる、ということがわかります。
さらにサブミクロン以下では弱い部分はほとんど存在しない(たくさん正方形があると、その中にごくまれに転位を持つ正方形が存在する)ということがわかります。